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鶴間会館

写真:鶴間会館

東京都町田市鶴間1516
電話 042-799-6412


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町内における主な歴史的建造物等

1. 円成寺(1538)「天文7年」

北條氏綱の家臣 了雲山中修理亮が遁世して、鶴間に山王山・紫王院円成寺(浄土真宗)を開創と伝えられています。

ご本尊は、阿弥陀如来立像が安置されております。その外かずある仏さまの中に町田市指定有形文化財「聖徳太子立像」(室町時代の寄木造、高さ52.2cm)も含まれております。

円成寺

2. 一里塚(通称大塚)(1604)「慶長9年」

「日本史年表」には、徳川幕府は「諸街道を修理して一里塚を築く」としてある

この塚は、鶴間のほか町田市では野津田、木曽そして横浜市で相沢にあり、高さ5m位で頂には、御嶽信仰の小さな石祠が建っていた。

これは明治の中頃、村人が一番恐れていた災厄である。火難及び盗難除を祈るため、奥多摩の御嶽講を作りお祭をしてきた。また平成4年に台座を作り、高さ1.5mの石宮が完成しました。

一里塚(通称大塚)

3. 熊野神社(1726)「享保11年」

宗教法人 鶴間熊野神社 創建祭神は、伊装諾命(いざなぎのみこと)伊装朋命(いざなみのみこと)

この神様は、出世、家門繁栄及び交通安全の守護神として平安時代以来、熊野詣での風習になり熊野三社(本宮、新宮、那智社)の講中が出来ました。現在は、町谷及び鶴間両地区の氏子により運営管理がなされており、神社本庁より非常に格式の高いお宮と認定されています。現在の社殿は、昭和46年4月に鉄筋コンクリート造りで再建され、また神楽殿は、平成4年10月に落成いたしました。

熊野神社

4. 日枝神社(山王山)

熊野神社の末社として江戸時代中期に創建されたものと考えられる。

祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)ニ(日吉大社の西本宮)社殿内の本殿は、昭和46年、熊野神社より移設され、「板ぶき目板打」屋根の建築様式と彫刻等を含め都の文化財級の貴重なものです。

棟板には、享保11年(1726)「大工、藤並七郎衛」等の墨書があります。なお、棟の正面には、巴紋の左右に「笹に根竹(ねたけ)」の家紋があります。

日枝神社

5. 第六天社(又は大六天神社)・古峯神社(こみね)

社有地内には、二つの神様が合祀されています。

(1) 第六天社調葦

祭神は、面足命(おもだるのみこと、通称大黒天)この第六天社の創建は、鶴間(小字大ケ谷戸)の最も古い土着の人々の守り神として造立したもので、・この近所の最も古い個人墓地より古く1500年代と思われる。

(2) 古峯神社

熊野神社の末社

祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)栃木県にある火伏せの神様である古峯神社の分祀で、大正9年3月20日、鶴間地区の大火により大きな被害がでました。これを契機にその翌年から3月20日を第六天社、御嶽神社及び古峯神社の例祭が行われていました。

第六天社

6. 庚申塚(1863)

大ケ谷戸バス停の待合所西側に高さ92c瓜幅39cm角型の庚申塔があり、裏面に文久3年8月吉日建立とある。これは、恐ろしい「コレラ」を防ぐため、中国の道教からくる青面金剛(しょうめんこんごう)を庚申の日に講中が集まり、災厄を除けるお祈りをしたもので、講中は戦後まで続いておりました。

現在も、講中は有りませんが信心深い人達が訪れております。

庚申塚

 

出典

文献 鶴間郷土誌 井上茂留著

下鶴間の史話 浜田賢著 他

監修 鈴木正幸・井上隆徳

平成14年3月

 

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